辻惟雄「絵難房 超辛口評論家」(『芸術新潮』2010.3号)

芸術新潮』の「辻惟雄×村上隆 ニッポン絵合せ」というコーナーで、辻惟雄が『古今著聞集』から「絵難房」という、どんな絵にも必ずケチをつける男の説話を取り上げて、最近の批評家はみんな大人しいが、村上隆スーパーフラットを「空気の抜けたパンク・タイヤ」と評する藤枝晃雄だけは例外的であるとして、藤枝を現代の「絵難房」に見立てて「頑張って下さい!」と声援を送っているのだが、もちろんこの「頑張って下さい!」とは、藤枝に対するエールなどでなくて、人の感心する絵にケチをつけるハシタナイ行為も「徹底すればケチのつけかた自体が芸となり」ますね、という藤枝に対する揶揄である。

さらに辻は、ここでは「紙面が余ったので、もう一話」と、『今昔物語』(本朝世俗)巻第28から、浜辺で捕まえた亀に向かって「これは逃げた私の旧妻じゃ」「口吸いをしてやろう」と戯れていた男が、亀に上下の唇を噛まれて大怪我をするという説話(「大蔵大夫紀助延の郎等、唇を亀にくはる語」第33)を「馬鹿の標本」として紹介しているのだが、もちろんこれも本当に「紙面が余った」からサービス精神で面白い説話を紹介しているのではなくて、藤枝の「空気の抜けたパンク・タイヤ」という批判に対して、「イマジネーションの世界と現実の世界」は違うと抗弁する村上の意を汲んで、「現実と違うことを言っていると痛い目に合うぞ」という意趣返しをしているわけである。

なんとも手の込んだ意趣返しである。もしかしたら深読みと思う人もいるかも知れないが、ここでは「亀」の説話をもちいることで、「絵難房」の道化性を度が過ぎると痛い目にあうと嘲笑っているわけである。ただお粗末なのは、この説話が滑稽話として成立している要素というのは、現実と違うことを言っている、つまり「亀」を、「旧妻」と言ってふざけている男が痛い目に会うところにあるのではなく、浜辺で捕まえた「亀」に向かって、男が「これは逃げた私の旧妻じゃ」と戯れる箇所からも分かるように、「浦島譚」を下敷きにしながら、それが否定されるところにあるのに、そのことが辻には理解出来ていないことである。

何故、男が亀に向かって「これは逃げた私の旧妻じゃ」と戯れるのかというと、そこには「亀=女(亀姫)」という浦島伝説の暗黙の了解があるからである。「口吸いをしてやろう」とは、亀と浦島の関係が異類関係であることを示唆するものであるのだが、ここではそうした前提が見事に裏切られることになる。この「裏切られる」ところにこそ、この説話が滑稽話として成立する要素があるわけなのだが、辻の(あるいは村上の)、藤枝に対する意趣返しには「浦島譚」という、『日本書紀』や『風土記』の時代から語り継がれている説話の背景が全く理解されていないことが分かる。

しかし、ここで重要なのは、説話の背景が理解されていないということではなく、辻惟雄という美術史を単純化して、とにかくアウトローを名乗っていればよいという悪しき風潮を生んだと思われる『奇想の系譜』という本の著者が、他人を揶揄する時に用いるのが、「片白たる有りける男」、つまり薄馬鹿と白眼視される男を、「猿楽に然様ならむ危き戯事は止むべきし」と、集団が諫め冷笑する説話だということである。言う迄もないが、この冷笑とは集団の側に属する既成の秩序を異端者から守る笑いであって、決して既成の秩序や権威を笑殺する笑いではない。

なぜ「奇想」ということを謳う人間が、異質な他者を既成の概念をもって冷笑するのか。ここには少なからず排外性の問題であると思われる。たとえば辻の「絵難房」の批評を、他国(宋)の知識を聞きかじって応用したものとする解釈には、浦島子、つまり後に浦島太郎と名付けられる男を拒絶する説話の背景に見られる大陸思想に対する拒絶を読み取ることが可能である。もちろん、日本には日本の理があるのだという思いがあるのだろうが、浦島という他界異界を来訪する人物を理解出来ずに、なにが「奇想」だということである。辻惟雄は、『今昔物語』が、天竺、震旦、本朝という、仏教の三国思想を背景にして成立している過程の意味をもう少し理解すべきだろう。