奈良美智と侏儒趣味

16〜17世紀頃、ヨーロッパの王室宮廷では侏儒趣味、つまり小人に対する偏愛が流行していて、ベラスケスなんかが随分と絵に描いている。この辺の事情については、樺山紘一の「侏儒の王国−異形にやどる英知」(『世界史への扉』講談社学術文庫)を読んでもらえれば大体の事は分かると思いますが、樺山がそこで述べている美術史に於ける「侏儒」から「子供」へという、偏愛・愛玩の対象の移行は、奈良美智という作家の作品或いは評価、人気を理解する上で大いに役立つと思う。
例えば奈良の描く「子供」と、ベラスケスの描く「侏儒」(小人)を比較してみると、なぜ描かれるのが尋常普通のモデルでなく、極端に短身な「子供」「侏儒」というモデルなのかということも、両者とも先行する規範的なモデルからの離脱として選択されていることが分かる。ベラスケスの場合は、ルネサンス的な遠近法尺度から離脱するマニエリスム的或いは、バロック的な要請であるし。奈良の場合は「ヘタウマ」という技術的な逸脱を試みるのに適切な対象であったといえる。侏儒に対する偏愛が「白雪姫」という七人の小人が登場するユートピア(物語)を生んだように、松井みどりは奈良の作品から能天気なユートピアを見出して語る(2010-07-10 - 同心町日記)。等々、両者を比較するといろいろと面白いことが分かると思うのだけれど。ベラスケスは侏儒と子供(例えば「王女マルガリータ」)を描き分けられる人であった、というか何でも描ける人であったので、単純に奈良とベラスケスを同等に論じることはしない方がよいかと思う。


ベラスケス「ラス・メニーナス」(部分)